3月13日 17日目

朝から山越えだってばよ!

足摺の38番から宿毛の39番への行き方はいろいろあるのですが、ボクは山を越えるというルートを選択。一応遍路道として地図には載っていたのですが、どうやらあんまり人が選んで通るところではないらしい。しかもこの道、工事中で車両通行止め。歩いてるのはボクだけという快適さ。

コンクリートロードをせっせと登り、気づくと頂上に。

写真だと伝わらないかもしれないけど、けっこう登った。天気はこの後だんだんよくなってくる。

しばらく休まず進むと、39番へ向かういろいろなルートの合流地点にやってくる。そうすると、ぽつぽつ人影も現れてきたり。休憩所なんかもあったり。


先客だったおじさんとおばさんと談笑、野宿で頑張ってると言ったら、みかん、バナナ、じゃこ天、饅頭、さらにはカロリーメイトなどたくさんの食べ物をくださった。若さの特権?


今日はたくさんの人をみかけました。

39番もあとわずかという所で先ほどいろいろくれたおばさんと再び再会、一緒に歩くことに。しかし、このおばさんもまた曲者だった・・・。ちょっと曲がり角はわからなくなると、「遍路道はどこ?」としきりに気にしだし、「あーあ、道見失っちゃった」と。しかし、10メートル先に曲がり角発見。それでも、さらにまた「遍路道は?」と繰り返す。

なにか、遍路道に執着心があるのか。地元の人にも道を尋ねだした。別にかまわないのだが、地元の人が「39番はあっちだよ」と道を丁寧に教えてくれたのに、ボクに向かっては「あの人は車で行く感覚で喋ってたよね。歩きの遍路道はどこだろう」とまったく参考にしようとしない。不思議な人だった。

さすがに変な人だなぁと思って「遍路道にこだわってるんですか?」と聞いてみたけど「別に」と。???。まぁいいや。

無事、到着。


39番延光寺「このポーズもどっかでやったような」

この39番でようやく高知県のお寺は終了。一番広い県だけど、一番お寺の少ない県でした。

まだ日はあるので宿毛の市街地を越えるため、ふたたび出発。


伸びる影。もくもくと遍路人はゆく。


高台に登ったので、宿毛の住宅地などを撮ってみた。

山道に入って少しのぼったところが今日のお宿。子安地蔵堂

地元の方が、お遍路さんの休憩所として開放している地蔵堂です。電気もなにもないけど、雨風がしのげるので嬉しい。


今日はこの長椅子がベッドだな。

日が落ちると谷間の土地はあっという間に暗く。地蔵堂のお地蔵様に線香をお供えして、経をあげ、ボクも寝ることにしよう。

3月12日 16日目

さぁ、今日は足摺岬に到着だ!

しかし朝は8時頃に出発するというヘタレぶりを発揮する。暖かくして眠ることができるとやっぱりちょっとだらけてしまうな。

お世話になった民宿さんのお父さんと。本当にありがとうございました。


足摺岬はもうあと少し。県道なはずなのに道がどんどん細くなっていく。天気は良い。気分も好調。るんるん気分で歩いていると、昨日のパワフル母ちゃんとばったり出会った!そしてまた一緒に歩くことに。今日は元気ないのか普通の歩調だった。


木のトンネルをくぐる。足摺はもう本当にあとちょっと。

午前11時、無事足摺岬に到着。

パワフル母ちゃんと記念の一枚。


38番金剛福寺「菅笠を帽子のように」

足摺岬は自殺の名所と言われながらも観光名所でもあるので、お参りを済ませたら少し展望台の方まで足をのばしてみたり。観光客がたくさんいらっしゃいました。

「写真とってやんよ」と言ってくださったおじさんに撮って貰いました。いい天気。


お昼ごはんを済ませて、土佐清水市街にむけて出発。岬をちょっと離れたところから撮るとこんな感じ。


夕方まで歩き続け土佐清水の中心地に。人は結構いたけど、挨拶しても「なんだこの人」みたいな目で見られるだけで挨拶を返してもらえなかった。なんだか冷たい感じだ…。

でもさすがにここまで歩いてきて、お遍路さんが尊ばれるものというより、地元の人からは嫌がられるものであるということも薄々わかってきてます。昔は、お遍路さんは1軒1軒家を尋ね、経をあげ、米を頂きながら生活していたそうです。だから古くからの遍路道にある町では、お遍路さんにいいイメージをもってないことが多々あるそうです。ここもそうなのかな。

佐清水のコンビニで夕食を買い足して、もう少し先にすすむ。今日の寝床は道の駅「めじかの里」。

雨風がしのげればもうどこだって寝ますよ。ただ、ここは屋根はあっても風がびゅんびゅん通る場所しかなかった。軒下で頑張って眠る。体があったかいうちはいいけど、夜中はやはりものすごく寒い…。しかも夜になって風がものすごく強くなってきた。震えながら眠る。

3月11日 15日目

朝はものすごくゆっくり、7時半くらいまで寝てしまった。ほんと、布団は最高だよ。あったかいよ。

昨日に引き続き今日も足摺岬まで歩くのだが、そう簡単に行ける距離でもないし、明日到着できれば良いのでのんびり出発することに。土佐東寺庵で、後続のお遍路さんがたと談笑。結局9時半過ぎに出発する。土佐東寺庵さんには本当にお世話になりました。

出発して20分後くらいに、先ほど東寺庵でお会いしたおばさんに再び出会う。

このおばさん北海道の旭川から来たそうで、旦那さんの定年を機にお遍路をしようとやって来たそうだ。ただ、旦那さんは歩きたくないということで、車でおばさんの先回りをして待っているとのこと。歩くところは歩き、歩きたくないところは車で周るのだそうだ。なるほど、半分旅行みたいな気分で楽しんでいるという。

しかしこのおばさん、どうやら道に迷った(?)らしく、ボクと一緒に行動させてとのこと。歩くペースって人それぞれだし、特にボクは速い方だからおばさんの歩調に合わせて歩くのはちょっと嫌だな…と思った。


だけど!

このおばさんの歩きっぷりは只者じゃなかった。

ボクがついていくのがやっとというくらいのものすごい速さ。競歩ですか??と言いたかったw いくら、これまで歩いてきてないからといってもこのペースは尋常じゃない。おかげで予定よりもかなり早く四万十川についてしまいました。ボクは密かにこのおばさんのことを「パワフル母ちゃん」と呼んでいます。

四万十川。天気は良いが橋の上は風が強かった。


おばさんとは四万十川でお別れ。なんでも旦那さんと落ち合って昼食をとるそうな。別れ際、いいものあげると言われパンを頂いた。あり難い。


おばさんと別れてからも、体がいい調子だったので好ペースで歩く。山間の静かな道ではボクの歩く音だけ。

たまには調子にのってみる。菜の花の時期ですよ。


さて、今日のドラマはここから。「以布利という漁港に屋根のあるジンベエ広場という東屋があるからそこで寝ると良い」という情報を高知で頂いたので、それを頼りに漁港を目指して歩いていると、なにやら怪しげなおじさんと目が合う。とりあえず「こんにちは」と挨拶して通り過ぎようとしたら、声を掛けられる。

「今日はどこに泊まるんだ?」

以布利漁港にジンベエ広場というのがあるそうなので、そこで寝ようかと…」

「…。まだまだ夜は寒いぞぉ。」

「まぁ、何とかなるかと…」

「うーん、じゃあうちに泊まれい。」

まったく、なんで皆様こんなに親切な方々ばっかりなの!と嬉しさ爆発ですよ。しかもしかも、話を聞いてみるとこのおじいさんの家は民宿屋さんだそう。そこにただで泊めてくれるというから、なんというご慈悲。本当はこの民宿さんの名前を出したいのですが、そのことでご迷惑を掛けるわけにはいかないのでお名前は伏せさせていただきます。

車で乗せていってあげてもいいよ、とも言われましたが、歩くことを業としている身なのでそれは丁寧にお断りして荷物だけ運んでいただきました。本当は「荷物先に持っていってあげるよ」と言われたときちょっと怖かったのですが、大して大事なものもないし人の親切を疑うなんてもっての他ということでお預けしました。

身が軽くなったので砂浜を歩いてみたり。いちおう遍路道。なんだか気分がとてもよい。風呂に入って布団で寝た次の日ってなぜだかわからないけどいいことがある気がする。ボクはこれを「心の洗濯ができたから」という言葉にして表現しています。ぼろぼろになって疲れ果ててるときってやっぱり自分から運気が離れていくんじゃないかな、なんて。リフレッシュってのは言葉どおり体だけじゃなくて、心もすっきりできるものだと思ってます。

民宿さんに到着すると、ありがたいことにご飯が。お風呂にも入れていただいて、本当、客人扱い。手伝いを申し出るも、疲れてるだろうから早く寝なさい、と。なんてありがたいんだ。

2日連続で布団で寝ることができるのは、幸せと言える。当たり前のことを当たり前にさせて頂ける、幸せ。いや、布団で眠るってのは人間にとってそもそも当たり前なのかな。

3月10日 14日目

無人のJR影野駅に来る始発列車は6時12分なので、その時間までには綺麗にして出発。発つ鳥後を濁さず。しかし、ここは標高が高いせいかものすごく冷える。やはり寒くて良く眠れなかった。

途中明るくなってきたときに、牛乳配達をしている老夫婦のトラックがボクの横に出てきてビンの牛乳をお接待してくださった。朝寒い中の牛乳だったが、やはりこういう心配りをしていただけるのは嬉しいもの。ありがとうございます。

しばらく歩いて、37番岩本寺のもうすぐそばまでくると、土佐くろしお鉄道窪川駅。くろしお鉄道はここから四万十川の中村の方へ向かって走る電車。


37番岩本寺。「気分はギャン?」

ここ岩本寺は本尊が5体もいらっしゃるという珍しいお寺。だからご真言も5種類をあげるのです。しばしゆっくり過ごし、近くのコンビニで買いだめをしてから一路38番金剛福寺へ。38番のお寺は足摺岬にあるので、ここからだと100キロ近くにも。到着は明後日を目標に気長に歩こうと思います。

山内一豊?というか上川隆也仲間由紀恵。似てないようで似てる。土佐ですもんねー。

今日の道中は曇り。海沿いに出てからはぱらぱらと雨にあたる。雨になると急に気持ちが萎えるなぁ…。まだまだ修行不足だな。


さて、今日のお宿は土佐東寺庵というお寺さんです。

ここは500円で泊めていただける上に、夕食と朝食をいただけるというなんともあり難いところ。ここを管理してらっしゃるのは60代くらいのおじさんと30代くらいのおにいさん。あまり詳しく聞いてはいないのですが、山伏(?)のようなイメージ。格安で泊めていただけるというからなにかお手伝いをしようとしたんですが、すべて「やるから座ってなさい」という待遇で不思議な感じでした。修行の一環か何かなのかな?

そして一緒に泊まったのがこれまた不思議なおばさん。なにやら遍路道にゴミが多いという話をしだし、これではいけないから各県の知事に手紙を書きたい、というようなことを一生懸命話していた。すごく不思議な人で、やり場に困ったおじさん方も、好き勝手に違う話を始めていくのでもう4人めいめい違うことを話していたような感じ。

奇妙な夜だった。

それでも3日ぶりの風呂と布団は、もう、たまらない。

3月9日 13日目

おいてあった毛布のおかげで、だいぶ暖かくして寝られた。感謝。

まず、朝一番で一発目。

36番青龍寺「このポーズもなぁ・・・」

この青龍寺は、横綱朝青龍の名前の由来となっているお寺です。明徳義塾高校時代にこのお寺の階段でよくトレーニングをしていたそうな。ここの本尊は不動明王です。なるほど、横綱のあの顔はお不動さんのあの顔に似ている。


今日のお勤めはこれにて終わり。次のお寺までは約50キロなので明日になる予定。それでもあんまりのんびりしているわけにもいかない。歩こう。



途中、仲良くなった犬連れのご夫妻と。なんでも11回目のお遍路だとか。


天気は良い。海も青い。


途中、別格5番大善寺に寄ってみたりもした。ちょっとした高台にあるのだが、住職が専用の自動梯子みたいなのを使っていて可笑しかった。そんな住職からはコーヒーのお接待。ありがたい。


暗くなってきたが、峠の手前。できれば、峠を越えたあたりの無人駅にとまりたい。ここは、暗いのを覚悟で、国道で峠を越えることにする。

本来ならば大坂峠という有名な遍路道があるのだが、さすがにこの時間に山に入ったら遭難必須。国道を歩く。

しかし、国道も山の中を走るため、歩道がない。いろんな意味で怖かった。



なんだかんだで10時近くなってやっと到着。JR影野駅。無人駅にお世話になります。今日は歩きすぎた感じで足がちょっと痛い。


しかし、ここら辺りの夜空はものすごく綺麗だった。オリオン座の胴体の部分にもものすごい数の星を見ることができたよ。あれはすごかった。

3月8日 12日目


お世話になった豊心亭の山岡さんと。朝6時30分。


実は今日までの道のりはなんとなく「ここら辺で泊まろう」とか「ここら辺りまでいけるな」という計算をしてきていたのだけど、高知市を抜けてしまうと自分の中ではノープラン。宿がとれそうな場所があればそこを目指していくのだけど、ここから先は情報が少なくて、結構未知の世界。ちょっとどきどき。

まぁ、それはおいて置いて、とにかく先に進もう。

まず、今日はフェリーに乗る。「歩きじゃないのかよ!」というツッコミが入りそうだが、このフェリーは川を渡るためだけのフェリーで、乗船時間は5分なのだ。しかも高知市営で無料。それを聞くと、なんか乗りたくなるじゃんね!

川を渡ってすぐに次のお寺。


33番雪渓寺 「・・・」

人がやたらたくさんいて、ポーズひよりました。


34番へ向かう途中、急激にお腹が痛くなる。なんとかコンビニを探そうとするが、あたりは田園の広がる風景。ピンチ。草陰でしてしまおうなどと思っても、見渡しが良すぎて無理。草陰がない。ただでさえ遍路道なのだから、人もたくさん通るし!ピンチ!

嫌な汗が流れるも、「これは民家に借りるしかない」と判断。と、そこに運良く老人ホームがあるではないか!もう、ここに勝負するしかない!旅の恥はかき捨てじゃあああああ!


いくた「す、すみません、トイレ・・・トイレを貸してくださいませんか?」

職員さん「ええ、どうぞ!どうぞ!」


なんと嫌な顔をされるどころか、喜んで貸してくださった。しかもぜんぜん驚いてなかった。こういうことってよくあるのかな?四国の方は慣れてらっしゃるのかもしれない。

しかも老人の中に若い人間が入ったことで逆に喜ばれ、いろいろ世間話をすることにw本当にありがたかった。


かと思えば、道中お茶のお接待もうける。お接待してくださったのは、お接待してこの道何年にもなるおじさん。やたら仏教の話が詳しくて、仏教の教えをひたすら説いてくださった。これはこれでありがたく受けたのだが、ボクと話をするというよりは、おじさんが一人で仏教の話をしていただけなので、布教に熱をあげてる方なのかもしれない。

そんなかんなで34番に。


34番種間寺「口をあけてみた」

ポーズひより気味。


種間寺を越えると次は土佐市街をぬけ35番へ。田舎から再び街へ帰ってきた感じだ。


35番清瀧寺「マッスル!マッスル!」

このポーズも前にやったような?


清滝寺では外国人のチャリダー3人の方と話をした。カナダから来て八十八箇所を周っているらしい。外人さんがよくこんな渋いことをするなぁ、と感心。日本語もなかなか上手。


今日は次のお寺の近くまで行っておしまい。遍路小屋だけど、たぶん使われなくなったバス停か何かなんだろうな。

ついた時はもう真っ暗だった。